水仙は日本では冬に咲く観賞用の園芸植物としてとても人気の高い種類です。しかし、少し調べるとニホンズイセンあったり、単にスイセンと表記されている場合があります。ニホンズイセンとスイセンでは何か違いがあるのでしょうか?ニホンズイセンとは中国原産の特定の1種を指しますが、単にスイセンを行った場合はニホンズイセンの別名である可能性もありますし、様々な別種を総称している可能性もあります。この違いをしっかり理解しましょう。ニホンズイセンは地中海沿岸が原産で品種改良された後、中国で誕生し、日本に渡来したので、日本が原産ではありません。そのため、歴史的な記録では意外にも室町時代からの史料にしかなく人気が出るのは遅かったようです。有毒で、ニラやノビルと誤って食され食中毒の原因になりますが、スイセンの葉は匂いがなく、中央が浅くくぼんでおり、鱗茎がある点で区別できます。そんなニホンズイセンですがなぜ冬に咲くのでしょうか?原種フササギスイセンがあるイスラエルの研究では冬に越冬するホウジャクに花に訪れてもらうために冬咲きになる例が知られています。このため、冬に咲くのは地中海沿岸で暮らしていた頃の名残である可能性が高いです。本記事ではニホンズイセンの分類・歴史・毒性・送粉生態について解説していきます。
ニホンズイセンとスイセンの違いは?
少し調べると水仙の仲間をニホンズイセン(日本水仙)と呼んだり、単にスイセン(水仙)と読んだりすることがあります。これらに生物学的な違いはあるのでしょうか?
ニホンズイセン Narcissus tazzetta ver. chinensis とはヒガンバナ科スイセン属の、フサザキスイセン Narcissus tazetta が中国で栄養繁殖するようになった変種のことを指します。フサザキスイセン(房咲水仙)はヨーロッパ南部の地中海沿岸を原産としています。
フサザキスイセンやニホンズイセンは副花冠(花の杯状になっている部分)が黄色く短く、萼片と花弁が白い種類です。一つの花茎にニホンズイセンは花を4~8個つけるのに対して、フサザキスイセンでは、花が5~15個とやや多めに房状に咲きます。
ニホンズイセンはフサザキスイセンが地中海からシルクロードを通って中国(隋・唐代以前)にやってきた後、品種改良されて誕生しました。日本には正確な時期は不明ですが、古代に渡来または漂着し(福井県観光営業部文化振興課,2019)、古くから花の鑑賞用に栽培されてきた他、現在では関東以西〜九州の海岸に野生化しています(林ら,2013)。
つまり、ニホンズイセンは中国原産です!非常にややこしいネーミングと言えます。おそらく野生化もしており、正確な原産がわからなかった時代に付けられた名前だと思いますが、現代の皆さんは正しく理解しましょう。
一方、スイセンというのは生物学的には単一の生物種を指す言葉ではありません。この場合、2つの意味が考えられます。
まず1つ目はニホンズイセンの別名を意味することがあります。ニホンズイセンのことを単にスイセンとも呼んでいる場合があります。
2つ目はスイセン属の総称を意味する場合があります。ニホンズイセンとは別種を含んでスイセンと読んでいる場合があります。
別種としては副花冠が顕著に突き出し、原種では花弁が黄色いラッパズイセン Narcissus pseudonarcissus や、全体も花も小型で花弁が黄色いテータテート(ミニ水仙) Narcissus cyclamineus ‘Tete a tete’ は日本では特に有名です。
副花冠が赤いクチベニズイセン(口紅水仙) Narcissus poeticus、スカート状の花弁を持つペチコートスイセン(ナルキッスス・バルボコディウム) Narcissus bulbocodium、大型で花弁が黄色いキズイセン(黄水仙) Narcissus jonquilla、キズイセンとラッパズイセンとの雑種で花弁がラッパズイセンのように大きく副花冠は短いカンランズイセン Narcissus x odorus も知られています。
この他、原種不明な品種もあります。
更に全く別のグループですが、フエフキスイセン Cyrtanthus mackenii subsp. mackenii(ヒガンバナ科Cyrtanthus属)、ユリズイセン Alstroemeria pulchella (アルストロメリア、ユリズイセン科)、アサギズイセン Freesia x hybrida (フリージア、アヤメ科)、ツリガネズイセン Hyacinthoides hispanica (シラー、クサスギカズラ科)もスイセンの名を持っています。全く花の形は似ていませんので混同しないようにしましょう。
ニホンズイセンの歴史は?日本で人気が出るのは室町時代以降で意外に遅かった?
和名には日本と付きますが、上述の通りニホンズイセンは中国原産です。いつから日本で知られるようになったのでしょうか?
正確な時期は分かりませんが史料に残された日本における水仙の記録では意外に新しく、室町期に編纂された『下学集』という国語辞典が初登場とされています。
一方、絵では平安時代には描かれているようです。室町時代以降は茶花や切り花として用いられ、江戸時代には栽培方法の詳細な記述があり、切り花や園芸種として用いられて現在に至ります。日本に伝来してから人気が出るまでに少し時間差があったようです。
有毒で食中毒ニュースの常連?ニラとの区別方法は?
現在では園芸植物としてとても人気な植物ですがスイセンはヒガンバナ科で共通に含まれるヒガンバナアルカロイド(リコリン、ガランタミン、タゼチン)をもっており、リコリンは熱にも強いため、加熱したあとも嘔吐、下痢、発汗、頭痛、昏睡等の食中毒症状を引き起こします。
葉がニラやノビルに、鱗茎がタマネギに似ていることから誤食による食中毒が時折発生し、よくニュースになっているのを見かけます。ニラやノビルは野草として生えていることも多く、くれぐれも注意が必要です。2014年の論文時点で平成14年以降は毎年報告されており、多い年で年間6件報告されています(登田ら,2014)。
長野市保健所では(1)スイセンの葉には臭いがないが、ニラには特有の強い臭いがある、(2)スイセンの葉は中央が浅くくぼんでおり、ニラは平たくやや厚みがある、(3)スイセンには鱗茎(球根)があるが、ニラにはないことで区別できるとしています。
こんなに綺麗で目立つのに植物自身にとっては役立たずの花だった?
ニホンズイセンの花期は12〜4月で(林ら,2013)、花はクリーム色がかった白色をしています(福井県観光営業部文化振興課,2019)。外花被片(萼片)3枚、内花被片(花弁)3枚で構成され、基部でくっついています。さらにスイセン特有の構造として黄色で杯状になっている部分があり、これは副花冠と呼ばれます。この中に雄しべと雌しべが収められています。
普通は一重咲きですが、八重咲きの品種も知られており、これをヤエズイセン Narcissus tazetta ‘Plenus’ と言います。
非常に目立ちますし、受粉を行うという花の本来の役割を考えると、種子を作るために沢山の昆虫を引き寄せているに違いないと感じるかもしれません。しかし残念ながら日本の個体群は分球によってのみでしか増えません。
少し難しいのですが、染色体が三倍体になっています。三倍体では染色体が3セットあり、子供を作る細胞を作る時は本来2セットある染色体をそれぞれ1セットずつ分配するはずなのですが、それが出来ないので、種子によって増える事ができないのです。
つまり花は完全にヒトの観賞用であり、種子を作るという意味では全く役に立っていないということになります。
勿論、その観賞用という目的のためにヒトの手によって世界中に広まっているわけですから、ニホンズイセンは種子を作らなくても繁殖に大成功した種類であるとも言えます。
原種のフササギスイセンには面白い研究あり!冬に咲く理由も見えてくる?
それにしてもニホンズイセンには大きな謎があります。なぜ、冬に咲くのでしょうか?勿論品種改良された結果である可能性もありますがそうではないことが分かっています。
なぜならニホンズイセンの原種であり、きちんと受粉によって種子繁殖を行うフサザキスイセンが冬に咲くことがあるからです。
イスラエルではフサザキスイセンの花期と生息環境に関係について面白い研究が行われています(Arroyo & Dafni, 1995)。
フサザキスイセンは湿地に生える個体群と丘陵に生える個体群があります。
この研究によると、フサザキスイセンは生息地によって受粉に貢献する花に訪れる昆虫が違うことが分かりました。湿地ではスズメガが主にやってきて、丘陵では孤独性ハナバチやハナアブが主にやってきていたのです。
これにともなって湿地の個体群と丘陵の個体群の花の形も少し変わっていることも分かりました。
湿地の個体群では雌しべが短めの花が多くなっていました。ホウジャクというスズメガは口吻が非常に長く蜜を吸うことに特化しているため、蜜のために花に体を奥まで入れることが多くなります。そのため、ホウジャクに花の奥で受粉させるように雌しべが短めの花が多くなっていったと考えられています。
一方、丘陵の個体群では雌しべが長めの花が多くなっていました。孤独性ハナバチやハナアブは口が短く花の表面で花粉を食べることに特化しているので、花粉のために花に体を奥まで入れず表面にとどまります。そのため、丘陵の個体群ではそれらの昆虫が花粉だけを盗み、雌しべに触れないという状況を防ぐために雌しべが長めになっている花が多くなっていたと考えられています。
そして、花期も花に訪れる昆虫の活動期間に合わせて異なっていることが分かりました。
湿地の個体群では1~2月に咲いていました。これは冬に越冬するホウジャクに合わせた適応であると考えられます。
丘陵の個体群では10~11月に咲きます。これは秋に活動する孤独性ハナバチやハナアブに合わせた適応であると考えられます。
このようにフサザキスイセンは生息環境に合わせて花の形や花期を変えていたのです。
日本で冬に咲くようになったのは最初にニホンズイセンへと栽培化された段階で固定されたものと考えられますが、元々はイスラエルのような原産地で見られたようなホウジャクなど冬の昆虫に対する適応であった可能性が考えられます。
ニホンズイセンは数少ない冬を彩る花として知られていますが、元々はこのような事情があったのだと考えると地中海から日本に繋がった長い歴史の因果を感じませんか?
本当に花は役に立たない?
ニホンズイセンについては、上述のように昆虫を必要としていません。その上、真冬に咲くのでやってくる昆虫そのものが全く居ないように感じられます。
しかしホソヒラタアブ Episyrphus balteatus というハナアブが訪れる様子がインターネットで多数確認できますし、私も確認しています。ハナアブの仲間にはホソヒラタアブのように真冬でも活動する種類が知られています。
種子繁殖を行う三倍体以外の個体が日本に居るという話は今の所ないのですが、海岸に野生化する例を考えると単為生殖だけでそこまで増えることができるのか少し不思議な部分もあります。筆者の感想ですが、このように昆虫が見られないわけではないので、もしかしたら昆虫が関係するかもしれないと関心を持っています。
引用文献
Arroyo, J., & Dafni, A. 1995. Variations in habitat, season, flower traits and pollinators in dimorphic Narcissus tazetta L.(Amaryllidaceae) in Israel. New Phytologist 129(1): 135-145. ISSN: 0028-646X, https://doi.org/10.1111/j.1469-8137.1995.tb03017.x
福井県観光営業部文化振興課. 2019. 越前海岸の水仙畑:文化的景観保存調査報告書. 福井県観光営業部文化振興課, 福井. 258pp. https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/bunshin/cultural-landscupes_d/fil/honpen.pdf
林弥栄・門田裕一・平野隆久. 2013. 山溪ハンディ図鑑 1 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社, 東京. 664pp. ISBN: 9784635070195
登田美桜・畝山智香子・春日文子. 2014. 過去50年間のわが国の高等植物による食中毒事例の傾向. 食品衛生学雑誌 55(1): 55-63. https://doi.org/10.3358/shokueishi.55.55