ミシマサイコとホタルサイコは日当たりの良い草地に生える黄色い花のセリ科であることから区別に迷うことがあるかもしれません。その区別は茎葉の基部が茎を抱くか抱かないかで行います。花の形態で見分けることができないと思われますが、総苞片の形には違いがあるようです。ミシマサイコは根が薬用になるため栽培も行われています。根が柴胡(さいこ)という漢方として精神神経用薬、消炎・排膿用薬、強壮薬などに利用されてきました。しかしその薬用から国内に自生しているものは殆どが乱獲され国内では絶滅危惧種から絶滅種になってしまいました。現在では国内の栽培品と韓国・中国の野生個体が利用されています。そんなホタルサイコ属の花は雌しべの一部である光沢があり蜜を分泌する「柱下体」または「柱基」と呼ばれる構造が発達します。この花は研究が不足していますが、黄色い花を好む口の短いハエが中心となって訪れている可能性が高そうです。本記事ではミシマサイコとホタルサイコの分類・薬用・歴史・送粉生態について解説していきます。
日当たりの良い草地に生える黄色い花のセリ科
ミシマサイコ(三島柴胡) Bupleurum stenophyllum は日本の本州、四国、九州;朝鮮半島、シベリア、アムール、ウスリー、サハリン、モンゴル、中国(東北)、ヨーロッパに分布し、丘陵から山地にかけての日当たりの良い草地に生息する多年草です(京都府環境部自然環境保全課,2015)。名前は静岡県三島から良質の生薬材料を出したことに由来します。
ホタルサイコ(蛍柴胡) Bupleurum longiradiatum は日本の北海道、本州、四国、九州;サハリン、ウスリーに分布し、台地、丘陵地の明るい林内、草地に点在する多年草です。名前は黄色い花をホタルの光に例えたことに由来するとされますが、ホタルサイコだけの特徴というわけでもありません。
いずれもセリ科ミシマサイコ属で花は黄色いため非常によく似ており、生息地も似ているので判断に迷うかもしれません。小総苞片(花序の根本から出る葉のようなもの)は卵形~狭楕円形で無毛というともミシマサイコ属の大きな特徴で、他の属のセリ科から区別されます。
ミシマサイコとホタルサイコの違いは?
ミシマサイコとホタルサイコは基本的には茎葉の基部で見分けます。
具体的にはミシマサイコでは茎葉の基部は茎を抱かず、上部の茎葉の幅は2cm以内であるのに対して、ホタルサイコでは茎葉の基部は茎を抱き、上部の茎葉の幅は2cm以上という違いがあります。
花の違いについては筆者は確認できませんでしたが、小総苞片についてはミシマサイコでは披針形に近いのに対して、ホタルサイコでは狭楕円形となるようです。
なお、この他日本にはハクサンサイコ Bupleurum nipponicum、レブンサイコ Bupleurum ajanense などもいますが、分布が限られているため、ここでは省略します。
クルマバサイコ Bupleurum fontanesii という地中海沿岸原産の帰化種は、小総苞片は小花序よりも長いことから2種から区別されます。
またツキヌキサイコ Bupleurum rotundifolium という西アジア原産の帰化種は、茎葉は茎を突き抜き、楯状につくことから2種から区別されます。
なぜミシマサイコは絶滅危惧種になった?
ミシマサイコは根が薬用になるため栽培も行われています。根が柴胡(さいこ)という漢方として精神神経用薬、消炎・排膿用薬、強壮薬などに用いられています(南,1995)。解熱、鎮痛、解毒作用もあるため、具体的には風邪中期の往来寒熱(寒さと暑さが交互に現れる症状)、胸脇苦満に利用されます。また、マラリア、肝臓疾患、両脇痛、脇下部の痛みや張りにも効果があります。
この効果がある成分はサイコサポニン(saikosaponin) a-f が主であると考えられています(笹原,1992)。
このような作用は野生の個体の方が強く良品とされました(南,1995)。そのため、国内に自生しているものは殆どが乱獲され、その結果かつては茨城県以西の山野に広く自生していたものも、殆ど確認されなくなっていきました。
そのため現在でも非常に数は少なく、日本では環境省絶滅危惧Ⅱ類に指定されています(京都府環境部自然環境保全課,2015)。都道府県別でも32都道府県で何らかのレッドリストでの指定を受けており、絶滅と判断されたところもあります(野生生物調査協会・Envision環境保全事務所,2023)。
現在でも国内で生産が行われていますが、栽培品が主です。また安価な中国・韓国からの輸入品との価格競争などから輸入量は年々増加しつつあります(南,1995)。2008年度における柴胡の使用量約444tのうち、日本で生産されたものは23t(5%)で、399t(90%)は中国からの輸入であると言います(兼子ら,2013)。しかし、その中国の輸入品も野生個体であるということは持続可能性という意味では頭に入れておいたほうが良いでしょう。
花の構造は?
ミシマサイコは花期は8~10月。花は茎の複散形花序に黄色の小さな花を5~10個付けます。花弁は5個、直径約2mm、先が内曲します。雄しべは5個。子房下位。総包片は1~3個。小総包片は5個、花柄より長いです。
ホタルマイコは花期は7~8月。花は複散形花序に黄色の小さな花を複数つけます。花弁は5個、直径約3mm。総苞片や小総苞片は狭楕円形、小総苞片は小花柄より短いです。
どちらの花も黄色く雄しべや花弁をつけたのち、脱落して雌しべが発達し、雌しべの一部である光沢があり蜜を分泌する「柱下体」または「柱基」と呼ばれるセリ科共通の構造(清水,2001)が発達します。私の写真は後半の状態です。
このように雄しべを最初につけた後、雌しべをつけることを「雄性先熟」と言い、セリ科では一部の種類で見られ、自家受粉を防いでいます(渡辺,1999)。
花は近縁種の研究からハエの仲間が好む可能性が高い?
これらの花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?
日本でこれらの種についての研究は残念ながら発見できませんでしたが、ホタルサイコ属の仲間であるBupleurum bicaule ではいくつか研究があります。Bupleurum bicaule はアフガニスタン、韓国、中国、モンゴル、ロシアに分布し、森林の縁、砂利または日当たりの良い山の斜面、乾燥した石の多い草原に生える多年草です。
モンゴルのステップで行われた研究ではヤドリバエ科の一種 Deopalpus sp. が花に訪れていた記録がありました(Song, 2015)
またモンゴル草原で行われた研究ではハナアブ科の一種やツリアブ科の一種が訪れていました(Yoshihara et al., 2008)。
このような記録から非常に浅い部分から蜜を出しているので口の短いハエが中心となって訪れているのかもしれません。またハエの仲間は黄色い花を好むと考えられています。
実際『Google画像検索』を利用した所、ホタルサイコにハナアブ科の一種が訪れているのを2枚確認しました。
このような特徴はホタルサイコ属だけではなく黄色い花を持つセリ科の仲間では広く見られる可能性があります。そのためホタルサイコ属だけの特別な生態はないのかもしれません。
しかし絶滅危惧種としてきちんと日本でも訪花昆虫との関係性を調べていく必要はあるでしょう。
果実は分果で種子は重力散布?
果実はホタルサイコ属共通で分果です。分果は裂開果の一種で、複数の心皮からできていて、成熟すると心皮の数だけの分果が中軸から離れて裂開するものでセリ科に広く見られます。
ミシマサイコの分果は楕円形、褐色で長さ約3mmです。
ホタルサイコの分果は長楕円形で、長さ3.5~4mmです。
おそらく重力散布するものと思われますが詳しい研究は発見できませんでした。
引用文献
兼子まや・塚越覚・藤瀬茜・池上文雄. 2013. ロックウール耕における培養液濃度がミシマサイコ(Bupleurum falcatum L.)の生育、サイコサポニン濃度と無機成分濃度に及ぼす影響. 植物環境工学 25(2): 83-89. https://doi.org/10.2525/shita.25.83
京都府環境部自然環境保全課. 2015. 京都府レッドデータブック2015 第2巻 野生植物・菌類編. 京都府環境部自然環境保全課, 京都. 611pp.
南基泰. 1995. 繁用生薬ミシマサイコの発育生理. 根の研究 4(2): 52-55. ISSN: 0919-2182, https://doi.org/10.3117/rootres.4.52
笹原俊哉・伊東保之・片野学. 1992. ミシマサイコの栽培に関する研究 (4):根群形態とサイコサポニン含有量について. 九州東海大学農学部紀要 11: 61-66. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010471152
清水建美. 2001. 図説植物用語事典. 八坂書房, 東京. xii, 323pp. ISBN: 9784896944792
Song, D. S. 2015. Spatial and temporal variation in wild pollination service in the Mongolian steppe. University of Pennsylvania Thesis. https://repository.upenn.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2952&context=edissertations
渡辺修. 1999. 北海道産主要セリ科検索図譜 その1 大型種 葉で見分ける植物 2. 知床博物館研究報告 20: 15-32. ISSN: 0387-8716, https://shiretoko-museum.jpn.org/media/shuppan/kempo/sm20_02.pdf
野生生物調査協会・Envision環境保全事務所. 2023-1-15閲覧. 日本のレッドデータ検索システム. http://jpnrdb.com/
Yoshihara, Y., Chimeddorj, B., Buuveibaatar, B., Lhagvasuren, B., & Takatsuki, S. 2008. Effects of livestock grazing on pollination on a steppe in eastern Mongolia. Biological Conservation 141(9): 2376-2386. ISSN: 0006-3207, https://doi.org/10.1016/j.biocon.2008.07.004
出典元
本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。